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紐解く絵巻物

清水寺縁起

原本、模本、複数系統など一覧

原本

【ライセンス】CC BY 4.0

【作者】土佐光信筆/詞書:三条実香・甘露寺元長ほか筆

【制作時代】室町時代・永正14年(1517)

【所蔵】東京国立博物館

光信/清水寺縁起

【ライセンス】CC BY 4.0

【作者】栄水、並川甫仙、瀧勝五郎、橋本栄喜典邦、養恒(堀端、文蔵、敏矩)、養渓(竹澤、惟房)、養清、白川

【所蔵】東京国立博物館

作品解説

『清水寺縁起絵巻』の原本は、清水寺の僧侶であった一条院良誉の発願を端緒とし、室町幕府10代将軍・足利義稙の政治的関与のもとで永正14年(1517年)から永正17年(1520年)頃にかけて完成に至ったとされる。観音の「三十三応化身」の思想に基づき、上巻・中巻・下巻の全3巻に各11段、計33段の詞書と絵画が交互に配されている。

絵画の筆者は宮廷絵所預を務めた土佐光信であり、光信の晩年に位置する円熟した筆致を示すと同時に、嫡男である土佐光茂の関与・補筆も指摘されている。詞書は三条西実隆、甘露寺元長、中御門宣胤、三条実香、近衛尚通ら、当代随一の学識を誇る公卿・廷臣の手によって分担執筆された。画面寸法は、上巻が縦33.9cm・横2250.5cm、中巻が縦33.9cm・横1894.9cm、下巻が縦33.9cm・横2124.2cmに達し、3巻を連ねると全長約63mに及ぶ大構想の作品である

巻中

清水寺縁起絵巻は今も多くの観光客でにぎわう京都の名所、清水寺の始まりと本尊千手観音にかかわる物語を描いた作品です。全部で3巻がのこされています。今回展示される巻中には、平安時代に東国を平定した坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが清水寺を建て、本尊十一面観音と地蔵菩薩、毘沙門天像を奉納する場面などが描かれています。 絵の中にはおなじみの清水の舞台や仁王門が見えますが、仁王門から舞台までの間にあるはずの建物は描かれていません。その代わりに霞と樹木が配置されています。このような霞は、場面の切り替えや省略を表しています。 絵師の土佐光信とさみつのぶは宮廷に仕え、そのトップにまで昇りつめた室町時代を代表する絵師です。 ColBaseを編集

巻下

京都の清水寺の始まりとその本尊千手観音のご利益を描いた絵巻です。全部で三巻ありますが、今回展示している下巻には、本尊をめぐる霊験あらたかな物語が描かれています。時期によって展示される場面が異なることがありますが、冒頭からご紹介します。

最初の場面は、清水寺の僧兼慶けんけいが信濃の国、現在の長野県を訪れたときのお話。大蛇にとらわれた兼慶が、清水寺の山門に仁王像(におうぞう)をつくって安置するという願をかけたところ大蛇は去っていきました。

次は、平安時代の二条天皇の葬儀の場面です。当時、大きな勢力を持っていた比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじと奈良の興福寺こうふくじの僧たちが向き合っている様子を描いています。このときは、大きな混乱もなく無事葬儀を終えたものの、その年、比叡山の僧兵が押し寄せて寺に火を放ったというのです。

?そのとき、ご本尊は自らお堂を飛んで出て、檜の木に飛び移り無事でした。そのシーンが描かれているのが3番目の絵です。

4番目の絵は、平家の侍盛久もりひさが、源氏方に捕らえられた場面です。清水寺への信仰が篤かった盛久は、ある夜夢のなかで年老いた僧から秘密の呪文を授かりました。

5番目の絵は盛久の処刑シーンです。夢で教わった呪文を唱えると、なんと、盛久の首に打ち下ろされる太刀が真二つに!・・・展示に出ていない場面にご興味がある方は「e国宝」をご覧ください。 ColBaseを編集